大坂夏の陣から400年 「豊臣秀吉」が築いた初代大坂城石垣に再び光を! 大坂城 豊臣石垣公開プロジェクト

-大阪城(大坂城)-
ご存知のように今の大阪城は、徳川期の石垣に、豊臣期の天守閣に似せて再建した天守閣が建っています。歴史的にはあり得ないコラボですが、史実を超越するカッコ良さがあります。
「豊臣秀吉」が天下統一の拠点として築城した初代大坂城は、「三国無双の城」とたたえられる豪荘華麗な城でしたが、1615年の「大坂夏の陣」で豊臣方が敗れた後、徳川幕府により豊臣大坂城を覆い隠すように徳川大坂城が築かれて以来、今も地下に眠り続けています。
「大坂夏の陣」から400年を機に、大阪城の歴史を物語る新たな魅力を創出するため、豊臣秀吉が築いた初代豊臣期大坂城の石垣を掘り起こして公開する「豊臣石垣公開プロジェクト」に取り組んでいます。
引用資料 公式ホームページ
大坂城 豊臣石垣公開プロジェクト
「施設の外観イメージ」です。
「施設の内観イメージ」です。
この下に「豊臣期大坂城(1583年~1615年)」の石垣が眠っています。2016年11月12日にブラタモリ「大坂城・真田丸スペシャル ~大坂城はなぜ難攻不落?~」で放送された場所です。
大阪城本丸広場の「旧第四師団司令部庁舎(もと大阪市立博物館)」を「MIRAIZA OSAKA-JO(ミライザ大阪城)」に改修中に仮囲いにいろいろ描かれていました。
豊臣期大坂城(1583年~1615年)
豊臣秀吉は、賤ヶ岳合戦により柴田勝家を倒し大坂を手中にすると、本願寺の跡地に天下に比類なき城郭を築き始めます。本丸、二の丸の規模は現在の大阪城とほぼ同じで、それを取り囲む2km四方にもおよぶ惣構を備えた大城郭でした。
徳川期大坂城(1620年~1868年)
1615年の大坂夏の陣で豊臣方が敗れた後、徳川幕府により豊臣大坂城を覆い隠すように徳川大坂城が築かれました。
徳川幕府は、豊臣期大坂城の上に盛り土をして、新たな大坂城を築きました。そのため豊臣期大坂城の石垣は、今も地下に眠り続けています。
| 固定リンク
« 名古屋市 地上28階、高さ約101mのホテル型高級賃貸マンション「栄タワーヒルズ」 2019年1月10日の建設状況 | トップページ | 名古屋市 地上30階、高さ約111mの「錦二丁目7番第一種市街地再開発事業」 2019年1月10日の状況 »
「32 大阪市・中部②」カテゴリの記事
- 住友電気工業 「ワイヤーハーネス」で世界3強の1社 データセンター向けの光ファイバー製品の需要拡大の大波に乗れるか?(2025.11.11)
- 地上28階、高さ約132mの「(仮称)心斎橋プロジェクト」 高層階(16階~28階)に「THE GATE HOTEL 大阪 by HULIC」が2026年6月に開業!(2025.09.16)
- 大阪城東部地区1.5期開発における新駅・駅ビル、駅前空間の開発の推進 新駅・駅ビル、駅前空間のデザインパースを公開!(2025.09.06)
- 大阪ビジネスパークの「富士通 Osaka Hub」がグラングリーン大阪に移転 「富士通 Osaka Hub」は解体中 跡地は超高層のデータセンター?(2025.09.04)

